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アウストラル街道

20世紀の主な時期において、アイセン地方での移動は唯一船または飛行機でした。どうしても陸路を移動しないといけない場合は手段はアルゼンチン領を通っていくことになっていました。そこで1976年にアウストラル街道を作り始め、10.000名以上の兵士の手によりチリにとって実現が困難であろうといわれた技術的にも金額的にも最もコストをかけた道路が完成しました。道中では氷河を削ったり、ヒヨルドを越えていかないといけない場所もありました。

アウストラル街道はプエルトモンから始まり1240kmに渡ります。沢山のアンデス山脈や、沿岸地方、パタゴニア西側のフィヨルドを通り、常用樹林、氷河、湖に接近することがあります。南北のに広がるカンポデイエロ(氷河の流れ出した部分)、根雪もみられます。道路が終わりの地点になると南カンポデイエロO’Higgnsの町に出てチリアウストラルの道からアルゼンチン領のRute40.チャルテン、カラファテ、パイネ国立公園につながります。

 
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